あなたがよければ、六日の朝に

ひねもすのたり、のたりかな。なんでもない今日を、唄うように、踊るように生きると決めた。

迷い猫とわたし



こんばんは、六日です。





当時働いていた病院で、違う病棟の先輩に呼ばれたのはちょうど東北の震災から5ヶ月後の7月22日。
呼ばれた中庭では何やら職員たちが輪になっていて、その真ん中には小さな迷い猫がいた。やせっぽちで所々ヒゲがぶちぶちと切れており、脇腹に大きな傷をこさえてた猫が。

人の輪に加入ししゃがんでみると、輪の真ん中で小さく縮こまっていたその猫はなぜか「にやぁ」と鳴いたあと、まっすぐわたしの足元にやって来て、その尻尾を脚に絡ませた。

そこからはなんというか、流れのまま。
動物を飼ったことのない当時のわたしは2時間後、近所の動物病院にいた。

女医さんは「この子は1歳以上、2歳未満ってところ。お乳が張ってるから子供を産んで間もない母猫だね。この子、脇腹の傷はあまり気にしてないみたいだから、このまま開放していてよさそう」と言った後に、「で、この子これからどうするの?」と。
わたしはホームセンターで猫用ご飯やトイレ砂などを購入し、車のダンボールの中で「出して出してーっ」と騒いでいる彼女を連れて家に帰った。


缶詰のご飯をあっという間に平らげた彼女は、わたしの足の間にやってきて、すぐに寛ぎはじめた。ごろごろごろごろ‥というその雷のような喉の音を聴いて(どこか悪いのだろうか。また病院に連れていくべきか)と、それは真剣に心配したのだ。
頭を撫でてみるとその雷の音はさらに大きくなり、(あぁこの子は、喉が悪いのだ)そんなことを考えたことが懐かしい。





迷い母猫の子どもたちは今どこにいるんだろう、とたまに考える。

すっかり飼い猫と化したうめは、尿路結石が完治したのだ。