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あなたがよければ、六日の朝に

ひねもすのたり、のたりかな。なんでもない今日を、唄うように、踊るように生きると決めた。

なにが自由か知っている



こんばんは、六日です。

たとえば街中で、ふと目にした誰かの幸せを願ってしまうことはありませんか。



車の信号待ちをしている時、歩道を行くサラリーマンのおじさま。コンビニから袋を持って出てきた仕事帰りのお兄さん。横断歩道を渡る女子高生。笑い合って何かを話すカップルに、杖をついてゆっくり歩を進めるお年寄り。
時には電話口の向こうのセールスマンだったりと、対象は実に無作為です。

どこからやって来る感情なのかよくわからないけれど、そこにはたとえば(あぁ今日の夕飯はカツカレーでありますように)に似た、一縷の切実さがあったりする。

よくよく考えればそれってひどく傲慢で依存的だなぁわたしったら、と考えなくもないけれど。

「あの人の今日1日が平穏でまんざらでもない日でありましたように」
「あの人のこれから5分後、思わず笑みがこぼれてしまうようなことが起きますように」

と、無作為に選んだ標的に向かって考える時わたしは、どこか日常から紙一枚引き離されて、非常にフラットな存在としてそこに居るような感じがしている。

世界に溶け込んでいるような気もするし、すべてから切り離されているような気もまた。もしくは、感情も実在もない気体のようなものになって、ふわふわそこをただよっているような。


「ダサい」という言葉はきっとこんな時に使うもので、わたしは自分に正しく「ダッサいなぁ」とため息をついたりする。

けれど。

こんなご時世だもの、時に誰かの幸せくらい願いたくもなるってものだ。








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