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あなたがよければ、六日の朝に

ひねもすのたり、のたりかな。なんでもない今日を、唄うように、踊るように生きると決めた。

あたしが死んだらエイになって



戻ってくるよ。


こんばんは、六日です。


新月の日だった昨日は仕事のあと、友人と「串揚げ屋さんにいこう!」と言っていたのだけど、諸々の事情でブッフェへ。



そのあと、レイトショーでモアナと伝説の海を観ました。
とてもよい映画だった。

どこで産まれてどこで生きるか。
生まれる場所は選べないけれど(選んで生まれてくるのかもしれないけれど)生きる場所は自分の選択によるところ。どんな環境に身を置くかで価値観や死生観、ひとりの人をかたち造るあれこれは変化してゆくのだろうと思うし、適した場所もまた人それぞれ。

わたしの母は熊本の出で、生家の前には八代海が広がっていました。
20歳そこそこで彼女はそこを離れたわけだけれど「家の前に海がない。どこに行っても海がない。そのことが、いまだに信じられない」と話していて、興味深いなぁと思いながら聞いていました。

わたしは熊本で産まれてすぐほかの場所へ移って、幼稚園のころからずっとこの場所で暮らしているけれど、それでもここが「自分の故郷」と言うには違和感があったりするのです。
ここじゃなかったらどこが?と考えると、これまた首をひねってしまうのですが。それとも、離れてみてこその故郷なのか。

生まれた場所で育ちずっとそこにいるという方や、圧倒的な大自然の中で暮らしている方に憧れを抱いてしまうのも、これもすべてないものねだりなのでしょうか。

わたしの故郷はどこだろう、と考えて、いやわたしは故郷ではなく自分にとっての桃源郷みたいな場所を探しているのかもしれない、とようやく思い至ったのでした。









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